1.塾長の意外な学生時代とは?

父、母そして先生が言ったあの一言が、
稲妻のような凄いパワーを与えた。

人生は道である。
その道は舗装など施されていないデコボコ道がほとんどだ。

真っ暗な夜になった時は、足元だけでなく行く先も見えない。
でも、父の一言が、太陽のように明るく道の先を照らしてくれた

足元の注意を怠った時は、転んでケガをする。
でも、母の一言が、辛さや痛みを和らげてくれた

進むべき道を選んでいる時は、どの道を選べば良いのか分からない。
でも、先生の一言が、進むべき道を見つけ出すパワーを与えてくれた

バックストーリー概要

小学3年の時に涙が枯れるほどの悲劇を経験した。

転校を繰り返し、家事手伝いをさせられる。

ある日、こんな生活から逃げ出すために不良になる気持ちが込み上げる。

そんな私を踏み止まらせたのは、会社を経営する、一生懸命に仕事を頑張る父の言葉だった。

こんな私は、中学生から高校生までの間、部活と勉強を両立できるのか・・・・・・?

バックストーリー

  • 絶対に味わいたくない愛の悲劇
  • 未熟な小学生が得た最高の宝物とは?
  • 心が引き裂かれる音が聞こえた
  • 人はやらされても、上手くでけへん
  • 希望の光ってやつを初めて見た
  • 凡人はこれをすれば、成長できる!

絶対に味わいたくない愛の悲劇

あれは小学3年生の寒い1月の夜。

いつも帰宅する時間になっても、母は帰ってこない。
お腹か減り、イライラし始めていた時に1本の電話が鳴った。

「もしもし。」 親戚の叔母さんだった。
「ウソ! そんなん信じない!」 私は叫んだ。

それから、1時間後、親戚の叔母さんが私を迎えに来た。
凍り付くほど寒く、真っ暗な夜道。
オレンジ色のライトを点けた車の中で、今朝のことを思い出す。

「お母さん、前から楽しみにしていたんだから、一緒に行こな!」

小学校へ行く前にリビングルームで、
大好きな母とずっと前から楽しみにしていたアイススケートに行く約束をした。

「昇平。着いたで。」
親戚の叔母さんが車を駐車場に停めた。

建物の中へ入り、静まり返ったうす暗い廊下を歩き、明かりのある部屋の前で立ち止まった。
ドアをそっと開けると、ベッドの横に水色のビニール袋が見えた。

よく見ると、
その中には血まみれになった衣服が入っていた。

それでも、私は信じなかった。

叔母さんに背中を押されながら、
病室の奥へ向かうと、
鼻と口にチューブがつながれた母が見えた。

未熟な小学生が得た最高の宝物とは?

小学3年生の私にとっては、衝撃すぎた。

今朝、笑顔で話をしてくれていた母が、
今、変わり果てた姿になって目の前に横たわっている。
急に涙が溢れ出す。

止まらない。

病室の端にあった椅子に腰かけて、
ハンカチを目に当ててずっと泣いていた。

その1週間後、母は帰らぬ人となった。

もっと、母と楽しい思い出を作りたかった。
もっと、母の美味しい料理を食べたかった。
もっと、母から褒められるために頑張っている姿を見せたかった。

しかし、、、、、もう、会えない。

私が小学6年生の時、大きな粒で溢れている目をしたお祖母さんから言われた次の言葉が、いつまで経っても脳裏を離れない。

人はいつ死ぬか分からん。
だから、昇平は後悔しない道を選んで、
1分1秒を大切にしーや。

あ母さんは1週間一度も意識が戻らんかったけど、
ベッドに寝ているお母さんの側で
お祖母ちゃんが座っていると、聞こえるんや。

『生きてやる! 絶対生きてやる!』って。

昇平、あんたのお母さんのように、何事も諦めずに生きていかなあかんで」と。

心が引き裂かれる音が聞こえた

両親が経営する会社の都合と最愛の母の死が重なり、
私は小学生時代に辛い転校を3回も繰り返した。

頑張って友達を作っても、すぐに悲しみの別れが訪れる。
小学生にとって、出会いと別れを繰り返す体験は、
本当に辛い。

やっとのことで結びついた、友達の心と自分の心の絆が、
すぐに引き裂かれる。

辛いのは、これだけではない。

母がいないというだけで、
小学6年生になった私の心は、
ドカーンと爆発する寸前だった。

なんで、小学生の俺が洗濯せなあかんねん。
なんで、小学生の俺がアイロンかけをせなあかんねん。
なんで、小学生の俺が食器を洗わなあかんねん。
なんで、小学生の俺が風呂掃除をせなあかんねん。

良い子ちゃんでなく、不良になった方が楽できるやん。

そうしようか。
悪魔の声が、私の耳元に何度も話かけてきた。

人はやらされても、上手くでけへん

「人はやらされても、上手くでけへん。」
「好きなことを見つけて、それをやればいい。”好きこそ物の上手なれ”や。」

これは会社を経営しながら、
一人で私と弟を育ててくれた父の口癖。

だから、嫌な家事をさせられていたけど、
その代わりとして、
私がやりたいことはなんでもさせてくれた。

この時、いつも言われた言葉がある。

「人はやってみんと、分からんもんや。」
「好きなことを見つけて、全力で頑張って、失敗してもええ。」
「それから学べることはたくさんある。」
と。

人は何かを好きになると
継続することが嫌にならない
なぜなら、色々と自分で考えて、工夫するから。

端から見れば、努力しているように見えても、
本人は、努力していると思っていない

長時間ゲームをしている子供が、
苦痛を感じていないのと同じように。

会社の経営のことで悩んでいた父。
仕事を誇りに思っていた父。
何事にも手を抜かず、精一杯頑張っていた父

こんな父の背中を見ていたら、父に迷惑はかけられない。

不良になることが、バカバカしく思えてきた。

希望の光ってやつを初めて見た

「どないしたら、速く走れるんやろ?」

私が中学生の時、理由は分からないが
みんなより速く走りたいという強い願望が芽生えてきた。
それで、私はクラスで1番になることを決める。

お祖母さんの言葉を思い出した。
「お母さんのように、何事も諦めずに生きていかなあかんで。」

そして、朝5時30分に起きて、
夜空の月明かりだけで播磨サイクリングロードを走ることが日課になった。

部活は、バスケ部に所属し、背番号は「6」。
練習中に友達と衝突し、膝を壊したり、指の骨を折ったりケガをしていても、試合には出ていた。

チーム一丸となって迎えた市内大会の決勝戦。
試合残り3分前までは、3点差で負けていた。
でも、最後まで諦めずに、2本連取して、逆転!
ここで、「ピーーーーーーーー。」ホイッスルが鳴った!
ついに、悲願の明石市内の大会で逆転優勝!

自主練習をしながら、厳しい部活の練習にも耐えていると、運動会ではスウェーデンリレーのアンカーに選ばれるようになった。

さらに、努力を続けると、
冬のマラソン大会では学年で2位になった。

他の人が休んでいる時に努力すれば、
希望の光を自ら見つけ出すことができる。
このことを体験から学んだ。

しかし、勉強の方は、次元が違う。
中学校で真ん中ぐらい。
進研ゼミをしていたが、やる気がでないし、成績が上がらない。

毎月送られてくる教材が溜まるだけ。
何をどうしたらいいのか分からなかった。

勉強することと走ることは全く違っていたのだ。

一体、何が足りないのか?

凡人はこれをすれば、成長できる!

集団授業のエ〇〇〇ク(当時は学〇〇〇〇ル)の新聞折り込みチラシを見て、
ここに行きたいと父にお願いして、入塾テストを受けに行った。

三者面談で△△先生が、
入塾テストの結果を見ながら
「三輪君は中の中やね」と言った。

その時、私の心の底でグツグツ煮えているのを感じながら、
先生をジロッとにらんだ。

帰り道に
「三輪君は中の中って。そんなん分かっとるわ。腹立つわ」
と父に吠えると、父はニコ~と笑みを浮かべていた。

それから、△△先生を見返すために
自ら目標を立てて、部活も勉強も頑張るようになった。

例えば、以前より、自主的にゲームの時間を減らし、時間効率が良くなり自制心も強くなっていった

成績はトントン拍子で上がり始め、
総合選抜の高校入試は問題なく合格した。

高校生になると、
勉強する目的がなくなり、
ダラダラと過ごしていた。

高校2年生の夏休みの頃、
ふと父の言葉が思う浮かんだ。

”好きこそ物の上手なれ”

自分に、質問をした。
「俺って、何が好きなんやろ?」

美術は、自分の思いを表現している感覚が好きで、
数学と物理は、苦しい思いをして正解した時の達成感が心地よかった。

だんだんと、イメージが固まってきた。
世界最長のつり橋、明石と淡路島を結ぶ明石海峡大橋や
駅前の大型ビルのような構造物を設計したいという目標が定まってきたのだ。

そして、勉強は、努力だけでは結果がでないと分かっていたので、
勉強方法を工夫するようにした。

そうすると、物理の偏差値が80を超えて、学年1位を取った。

高校3年生の夏の模試で阪神圏の国立大学でB判定を出したことはあったが、入試は失敗した。
そして、一浪することを選んだ。

その後も、志望していた大学はダメだった。
立命館大学には受かったが、
学費の安い国立の岡山大学へ進学することになる。

私は、特に頭が良かったわけでもない。
もともと、中学生時代の成績は中の中。
その割には上出来である。

真剣に努力するだけではダメだ。

でも、自ら目標を立てて、
自ら
工夫を加えれば、
それなりの結果が出る

文部両道をしていたからこそ、
このことに気づき、成功体験ができたと思う

それをしていなかったら、今の自分は無かっただろう。

バックストーリー

  1. 1.塾長の意外な学生時代とは?

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